混沌私見雑記

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村上春樹のこと、誤解してない?

作曲家にしろ小説家にしろ漫画家にしろ脚本家にしろ、ヒット作・有名作が「その作家の普段の作風から考えると異質な作品」という作家は数多くいます。

本来の(あるいは得意の)作風が、必ずしも「大衆に売れるもの」とは限らないわけですから。それにしたって「超有名作家」ですら世間では間違えて認識されていたりして、せつないな。

 

イニシエーション・ラブ』でヒットした乾くるみのデビュー作が「超エログロサイコSFサスペンスホラーミステリー」だったりするのは、知られていないんじゃないですかね。『Jの神話』ももっと評価されていいのではないかと思うのですが

 

んなわけで、シリーズ連載として「バチバチの有名作家だけど、世間の印象と作風が合致していない人」をつらつら書いていこうと思います。

今日は村上春樹の回です。

 

村上春樹の代表作はなにかと聞かれて、みなさんが挙げるのは『ノルウェイの森』じゃないですか? 

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

 

 

 『ノルウェイの森』は国内の発行部数だけで1000万部を超えている超ベストセラー作品。古本や図書館や貸し借りで読んだ人を考えると発行部数の2.5倍くらいは読者がいそう。えげつねえ数字だ。

村上春樹は熱狂的なファン(いわゆるハルキスト)を擁する一方で、アンチの勢いもえげつない作家です。ラーメン屋でたとえると一蘭くらい分かれます。ちなみにぼくは一蘭につきましては(割愛)

 

村上春樹が苦手な人の意見として

「すべてがオシャレ(笑)」
「台詞がキモい」
「比喩がキモい」
「文章がキモい」
「文章がくどい」
「文章がしつこい」
「主人公が気障っぽい」
「スパゲッティばかり茹でるな」
「セックスをするな」
「セックスやめろ」
「作者のスノッブさが透けて見える」
「女性蔑視が根底にある描写だ」
「いつも誰かが失踪している」
「いつも穴の中に潜っている」

などがあると思います。最後の失踪と穴について言及している奴はけっこう読んでるな。

 

村上春樹ってめっちゃ人気あるよな。どれ、ひとつ読んでみるか」と思って読んだときに、多くの方は、大ヒット作『ノルウェイの森』あるいはデビュー作の『風の歌を聴け』を手に取ると思います。

風の歌を聴け (講談社文庫)

風の歌を聴け (講談社文庫)

 

 

ノルウェイの森』『風の歌を聴け』、この二作から入ると春樹嫌いになる確率がグッと上がると思います。

デビュー作かヒット作から入るとダメって、詰んでるやん。

春樹アンチは上記二作のいずれかしか読んでいなかったり、そもそもまったく読んだことがないのにネットにあふれるインスタントなイメージだけで「キモいわ~」とか適当こいたりしているイメージがあります。

 

まず大前提としまして、村上春樹はめちゃくちゃ鼻につく文章をしています。わりと好んで読んでいるぼくも、この前『騎士団長殺し』を読んだときに「めっちゃ鼻につくな」と感じる表現が2ページに1回は出てきたので、耐性のない人は本当にダメでしょう。こればっかりはしかたねえ。

 

あと、主人公がめちゃくちゃ女を抱きます。しかもスマートに抱きます。

一人称が「僕」で中肉中背で清潔感のある短髪でシンプルなシャツが似合って体毛は薄くて趣味はビリヤードで好きな小説はフィッツジェラルドでそこそこの大学を卒業していてあたりまえのように英語を話すことができて杉並区あるいは中野区のこぎれいなマンションに住んでいて仕事は順調で金持ちでもなく貧乏でもなくちょうどよいつつましい暮らしをしていて行きつけのバーや喫茶店があって酒やコーヒーの種類にくわしくてクラシック音楽やジャズに造詣が深くて休みの日には丁寧に時間をかけてスパゲッティを茹でる男が、いつも「その気はなかったはずなのに」気がついたらスマートに女と寝ている。ふざけているのか? そりゃ嫌いな人は嫌いだし、むしろ好きな人の方がおかしいんじゃないかと思えてくるな。

 

さて、作風に話をもどしましょう。

村上春樹は実は「幻想文学の作家」なのです。

 

もちろんどれもが純文学的な作品ではあるのですが、展開や設定などにSFやシュルレアリスムの要素が非常に多く盛りこまれています。長編はほとんどがファンタジー的要素を含む作品です。

これを知らない人は多いのではないでしょうか? 小ぎれいで気障な男がバーなどで女を抱きまくった挙句「僕は結局のところ孤独なのだ。玩具箱の奥底で眠る人形と同じように」とか言っちゃうヤマなしオチなし意味なしみたいな小説を書いているアメリカ文学かぶれのジジィと勘違いしている人が多いのでは?

 

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』なんて本当にファンタジー。まずもう舞台がファンタジー。二章構成で、それぞれ異なる物語が交互に絡みあって進んでいくのですが、
『世界の終り』は一角獣が生息し「壁」に囲まれた街に入ることとなった僕が「街」の持つ謎と「街」が生まれた理由を捜し求める物語で、
『ハードボイルドワンダーランド』は暗号を取り扱う「計算士」として活躍する私が、自らに仕掛けられた「装置」の謎を捜し求める物語です(Wikipediaから引用)。いやめっちゃファンタジーやん。

 

村上春樹はそもそも幻想文学シュルレアリスムの書き手であって(厳密には違うおじさんは帰ってください)、そこで意味深なセックスをしたり、意味のないセックスをしたりするだけです(「だけ」とは)。

短編はわりとリアリズムの作品も多いですが、長編は基本的に超常現象モリモリの作品ばかり。そしてちゃんと「ヤマありオチあり」のストーリーテラーなんですよ。ちゃんとエンタメっている。

 

、一番売れた『ノルウェイの森』ですが、これが例外的な作品なのです。

ノルウェイの森』は徹底的なリアリズムの作品です。1968年の日本で男女があれこれする、超常現象がおきない話。

 

一読すると普通に「恋愛小説」です。もちろんエンタメに全振りした恋愛小説かと言われたらぜんぜん違うとは思うんですが、とにかく男女のアレコレを軸にした小説が爆発的に偏って売れてしまったものだから「うざったくてくせぇ恋愛小説を書くおっさん」という印象をもたれてしまうことになったわけです。めっちゃかなしいな。

村上春樹といえば一般的には『ノルウェイの森』の人って感じだけど、それはどうも日本とか中国とかアジア圏でのお話らしくて、他の地域ではべつに『ノルウェイの森』だけフューチャーされているわけではないようです。なんかアレな話だねえ。

 

デビュー作の『風の歌を聴け』は「海外文学オタクが書いた散文詩」と言えなくもなくて、ストーリーテリングはしてないから、気障ったい部分だけが印象に残るかも。

作者も意図して「本来の作風から外して書いた」小説である『ノルウェイの森』や、デビュー作でまだ作風が固まっていない時期に書かれた『風の歌を聴け』だけが読まれて、世間一般はそのイメージしか持っていない、というのは本当に切ないな……と思います。

 

「じゃあ最初になに読めばいいのよ!」と聞かれたときにぼくが答えているおすすめが以下です。

 

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(上)新装版 (新潮文庫)

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(上)新装版 (新潮文庫)

 

谷崎潤一郎賞受賞の出世作

先ほど説明したので詳細は割愛しますが、純文学でもあるし、SFエンタメとしても読める傑作です。ただしまあまあ厚い。性的描写は少なめ。

 

海辺のカフカ

海辺のカフカ (上) (新潮文庫)

海辺のカフカ (上) (新潮文庫)

 

こちらは現代(刊行は2002年だけど)日本を舞台にしたSFアドベンチャー。非常に読みやすい。ただまあまあ厚い。 

春樹作品では異色の語り手となる15歳の少年・田村カフカの章と、知的障害の老人であるナカタさんの章が交互に進んでいく。カフカくんは15歳にしては達観しすぎているし落ち着きすぎているしリアリティはありません。ナカタさんの章はとてもコミカルでよい。

キャラクターがいちいち魅力的なのが特徴。少年と老人というめずらしい主人公のほか、現代の若者(刊行は2002年だけど)である星野くんなど、これまで用いてこなかった登場人物の設定に春樹の挑戦が見られる作品。

諸々が『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の焼き直し感強いけど、そんなこと言ったら赤川次郎や西村京太郎なんて(以下割愛)

主人公たちの年齢が年齢のため性的描写は少なめ(それでもまあちょっとはある)。

 

象の消滅

「象の消滅」 短篇選集 1980-1991

「象の消滅」 短篇選集 1980-1991

 

「いきなり長編は無理! 」という方はこちら。アメリカで出版された短編集の逆輸入。春樹の短編のベスト盤みたいなラインナップ。

気障な男がスマートに女を抱いたりは(ほとんど)しないので、そういった意味でもおすすめです。

 

他にも『羊をめぐる冒険』や『ダンス・ダンス・ダンス』は短めの長編で読みやすくおもしろいですが、これは『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』からつづくシリーズなので、順番通りに読んでもらいたいところ。

ねじまき鳥クロニクル』や『1Q84』もおすすめしたいけど、かなり厚いのではじめて読むにはキツいかも。

国境の南、太陽の西』『スプートニクの恋人』『色彩をもたない多崎つくると、彼の巡礼の年』『騎士団長殺し』ははじめて読むにしてはまあまあ退屈だし、世間一般がいだいているイメージ通り「気障な男がスマートに女を抱きまくる」のでその印象だけ掬いとってしまう恐れがあるかも。

アフターダーク』は実験的な作品なので上級者向け。

 

ちなみにぼくは『風の歌を聴け』→『ノルウェイの森』→その他刊行順……という順番で読んだのですが、よく熱心な読者になれたなとつくづく思う。

昔読んでダメだった、という人も、興味と機会と気概があれば、挙げた3作品読んでみてほしい。

 

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